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 脇山地区 田植え 写真

6月9日 子どもグリーンツーリズムinわきやま



主基斎田跡(脇山中央公園) について


                    主(す)基(き)斎(さい)田(でん)跡(あと)(脇山中央公園)

 

 主基斎田跡は、福岡市の西南部、背振山のふもとである早良区脇山にある。
 昭和三年十一月、今(きん)上(じよう)(昭和)天皇の即位の大礼が行われるにあたり、天皇に供せられる「昭代」と命名された新穀を奉納する大(だい)嘗(じよう)祭(さい)があった。この祭りに用いられる新穀をとるためには、古来より京都以東以北を悠(ゆ)紀(き)、以南以西を主(す)基(き)の地方と定め、それぞれの地方から新穀を献納するという慣例になっていた。
宮中神殿における卜定(ぼくじよう)の結果、東の悠紀は滋賀県、西の主基斎田は福岡県と決定した。

選考の結果、昭和三年三月十五日、最終的に当時の早良郡脇山村に決定。水がきれいで収穫が早いことと風俗人情が純朴であるというのが決定の条件であった。

主基斎田の耕作者は、石津新一郎氏が選ばれ、太(おお)田(た)主(ぬし)の称号を受けた。種(たね)籾(もみ)は塩水選で選ばれたが、塩水選というのは、福岡県農事試験場長で農学者の横井時(とき)敬(よし)氏が開発し、明治時代、全国に普及した福岡の西南農法の技法の一つで、主基斎田の栄誉に西南農法の成果を添えようというものである。

 昭和三年六月五日の田植え祭には、八人の少女が華やかな八(や)乙(おと)女(め)の舞を奉納した。
奉耕者(男性)、早乙女(女性)には、それぞれ式服と作業服があり、毎日、更衣室で着替えお祓(はら)いを受けて田に入った。
 現在、主基斎田跡は脇山中央公園として整備され、その中央奥には「栄西禅師(日本臨済宗の開祖で宋から帰朝の際に茶の種を持ち帰り、それを背振山地に植えたという。)茶徳碑」とともに「大(だい)嘗(じよう)祭(さい)主(す)基(き)斎(さい)田(でん)碑(ひ)」が建っている。

   *一口メモ*

 主基斎田の田植えを今に伝えようと、地元の自治協議会が中心となって「お田植え舞保存会」が結成されている。
早乙女の装束に身を包み、古式に則して舞う優美な姿に往時がしのばれる。 現在は地域の行催事の時などにこの舞が披露されている。